羽鳥 剛史
愛媛大学 社会共創学部 環境デザイン学科 教授
シーニックバイウェイ北海道アドバイザー会議 委員


芽吹きの季節は心がワクワクする。長い冬を経て草木が芽吹く頃、それに呼応するように、生き物たちも一斉に活動を始め、大地に豊かな生命力が漲る。人間にとっても新たな事にチャレンジする季節、心機一転、旅に出る人も少なくない。
ただし、『芽吹き』というテーマで私が目を向けてみたいのはむしろ冬の時代である。木々が萌え出るエネルギーの源は、冬に蓄えられたもの。厳しい冬を乗り越えられたからこそ、春の訪れがより一層悦ばしいものとなる。
たしかに北海道の冬は厳しい。以前に苫前町と羽幌町で雪かき体験をさせて頂いた。沿道に積もった身の丈以上の雪を延々とかいていると、寒さと疲労で身体は麻痺し意識もボーっと薄れていく感覚を味わった。私のように一日だけなら、それは楽しい体験だったが、来る日も来る日も積もり続ける雪を掻きわける作業を想うと、気が遠くなる思いがする。同時に、北海道の人たちにとって、そうした冬を乗り越え、春を迎える悦びは格別のものだろうとも想像する。
『シーニックバイウェイ北海道』は、今年で20周年を迎えた。20年という節目は、新たな芽吹きの季節とも受け止められる。この20年間、それぞれのルートにおいて、地域の方々や行政関係者、ルートコーディネータ( P5 イラストに載ってる人たち)が力を合わせて、地域のみちを活かし、その土地ならではの風景を守り育ててきた。沿道の花植えや清掃活動、冬の夜のライトアップイベント、景観を楽しむデッキやカフェ、サイクリングルートの開拓、地域の歴史学習、PR・広報活動(本誌もその一部)等々、シーニックの活動は多岐に亘る。これまでの努力の賜物として、各ルートで魅力的な景観が生まれつつある。
ただし、この20年間で変わったのは道やその風景だけではないようだ。それぞれの道と関わってきた地域自身もまたその道と共に変わりつつある。この取り組みに関わるようになり、各エリアを訪ねるたびに、その事を教えられることが少なくない。空知シーニックバイウェイ副代表の山﨑氏は、「シーニックバイウェイに携わるようになってから、何より自分自身が変わった」と語ってくださった。ワイン造りを本業とする彼は、シーニックバイウェイとの出会いをきっかけに地域づくりにも関わるようになり、新たな人たちとの交流も生まれた。今では土木工学の研究者にもなられたのだから、その"変身"ぶりに驚かされる。
シーニックバイウェイ北海道の20周年フォーラムにおいて、全道のルート関係者を紹介する動画が流された。この動画を見ていると、20年の歳月をかけて、みちをめぐる地域の輪が着実に育まれてきた様子が見て取れる。先に20年の節目を"芽吹き"と捉えたのは、地域づくりの源としてその豊かなエネルギーに心動かされたが故である。
このように、各ルートにはそこに携わった人々の人生史や地域づくりの歴史が刻み込まれている。北海道を旅する皆さん、そのことを味わってほしいと言えば重すぎるだろうか。でも、皆さんが踏みしめる道にも、その道を大事に守り育てている人たちがいると想像するだけで、その旅に奥行きが生まれるのではないだろうか。
2025年の秋、宗谷シーニックバイウェイのルート視察の機会を得た。本ルートのテーマは『あたたかい最北のみち』である。北海道最北の地が『あたたかい』とは一体どういうことかと疑問に思われるだろう。しかし、当地を訪れると、ルート関係者の仲間意識や団結力に加えて、我々をあたたかく迎え入れてくださる心遣いに感激するばかりであった。
視察を終えた帰路、稚内空港の出発ゲートで待っていると、一本の着信があった。電話に出ると、
「先生、後ろ後ろ~!」
と言われ、振り返ると、ガラス越しに昨夜遅くまでご一緒した谷原氏(前ルート副代表)と品田氏(現ルート副代表)のお二人の姿が。忙しいお仕事の合間を縫って空港まで見送りに来て下さったのだ。この地は確かに『あたたかい』。
シーニックバイウェイ北海道に関わりをもって3年あまり、地域の方々とのお付き合いを少しずつ深めさせて頂いている。40代も半ばで恥ずかしさもあるが、私自身もこの地で芽吹きの季節を迎えていると言いたい。
